国内最大級の事業承継・M&Aプラットフォームとして、2010年から売り手と買い手をマッチングし続けてきた「TRANBI(トランビ)」。運営会社である株式会社トランビの代表取締役CEO高橋 聡社長と当社、株式会社T&INKキャピタルの代表取締役CEOの田中がM&A業界の今と求められる人材について語りました。

目次

サービス開始から10年。高橋社長が見るM&A業界の変化

田中:TRANBIを開始された背景からお聞かせ下さい。

高橋CEO(以下、高橋):サービス開始は10年前。当時、M&Aは売上が数十億円規模の大きな企業にしか話が持ち込まれないものでした。

田中:ファイナンシャル・アドバイザリー(FA)への依頼に費用がかかったためですね。

高橋:ええ。FAへの最低報酬は2,000万円です。FAは売り手側、買い手側に付いているため、最低必要額は4,000万円に上ります。おのずと対象が大企業に限られて来た訳です。ただ、M&Aニーズは中小企業にもあります。経済活性化のためにも、中小企業がM&Aに挑戦出来る状況を作ることは大切なことなんですね。

田中:中小企業には、後継者不在問題という課題もあります。

高橋:仰る通りです。そうした背景もあり、M&Aは中小企業にとっても当たり前になりつつあると感じています。

田中:認知されて来たわけですね。

高橋:ええ。しかし、後継者不在問題は今までのやり方でM&Aをやっていたのでは間に合わない、喫緊の課題です。経産省が2020年に策定された事業継承ガイドラインでは、事業を残すための手段として、民間プラットフォームを活用してのM&Aが推奨されました。私がTRANBIを立ち上げた10年前は、「オンラインで会社を売買するなんて怪しい」と思われていましたし、そもそもM&A自体がネガティブな捉え方をされていたのですが。

田中:怪しいサービスだと思われていましたか?

高橋:かなり怪しまれていましたよ(笑)。状況が変化したのは、後継者不在問題の課題解決ができるプラットフォームとして、日銀がTRANBIを金融機関に紹介してくれたことでしたね。紹介を契機に、金融機関と提携して頂けるようになりました。金融機関と提携しているサービスなら安心だろうと、ユーザーからの信用が付いてきたんです。

田中:なるほど。10年が経ち、今では真似をされる企業が出て来ましたよね。但し、トランビさんは掲載ルールをきちんと設けられている点が他社との違いだと思っています。有象無象のブローカーが多い業界ですからね。M&A業界には仲介業者もいますが、高橋さんは仲介業者をどのように見ていらっしゃいますか。

高橋:中小企業のM&A認知が進んできた流れを受け、ニーズが増えている存在ですね。売主と買主の間に立ってくれる専門家のニーズは高いです。ただ、M&Aの専門家の数は圧倒的に不足していますね。M&Aの件数に対して、専門家の数が追い付いていない。

田中:一人前に成れるまでに時間がかかりますからね。

高橋:5~10年はかかります。成長スピードをあまり上げられない特徴がありますからね。1年に1~2件程度案件を受けられれば良い状態なので、5~10年かかっても、ようやく数十件程度の経験値しか積めない。

おまけに、国家資格がある専門職ではありませんから、専門家の力量が分かり辛い点も課題です。たまたま紹介された人にお願いした結果、実力不足でトラブルに発展するケースが増えています。マーケットは育ちつつありますが、いいサービスを提供しないと業界全体がダメになる。そのため、一定の線引きをして、力のある専門家さんをご紹介しています。

田中:高橋さんがプラットフォームを始めた理由は何だったのでしょうか。

高橋:私がやりたかったことが、中小企業へのM&A案件の提案だったからですね。中小企業へのM&Aの提案は、年1回あればいい方なんですよ。プラットフォームなら、M&Aに興味がある中小企業が能動的に情報を見に行けます。世の中に山ほどある多種多様な事業を知ることで、自由な発想で別の事業を買える可能性が見い出せる訳です。

中小企業はシュリンクしていますから、本業以外の分野にビジネスを多角化していきたいニーズがあるんですよ。仲介業者の提案は、どうしても元の事業の周辺事業に留まってしまいがちです。プラットフォームでのM&Aは、可能性の幅が広いと思います。

田中:売り手側のM&Aリテラシーが変化したことも大きいのでしょうね。M&Aに対する得体の知れないもの感といいますか、ネガティブな印象が薄まったと感じています。個人でもM&Aができるんだと。10年前にアメリカが既に達していた状態に、ようやく日本が追い付いてきた感じですね。

高橋:そうですね。

田中:トランビがM&Aのマッチングサービスを始めたことは、FA企業による従来のM&Aの課題解決にも繋がっていると思っています。これまでのM&Aはクローズドで、買主同士で競走が生まれない仕組みでした。それが、トランビさんにより買主みんなが情報を見られる状態ができ、競争が生まれるようになりました。結果的に、1番シナジーのいい買い手と契約を締結できるようになったことが最大の功績だと感じています。

高橋:ありがとうございます。

田中:M&Aが成約する際、判断材料とされる主要な項目には「値段」「事業シナジー」「意欲」の3点があります。トランビさんがサービスを始められる前は、判断材料として値段しか見えない状態でした。プラットフォームで情報が出ることで、事業シナジーや意欲も見られるようになりましたよね。

高橋:恐らく多くの人がM&Aをするなら1番高く価格を付けてくれた所と成約に至るのだと考えるのではないかと思います。しかし、実際には判断材料の優先順位として「意欲」を重視するケースが多いんですよ。

田中:そういう人が多いと知れたことも非常に大きな意義ですよね。TRANBI開始前から、予想はされていましたか?

高橋:いえ、開始後に初めて分かったことです。ただ、考えてみると、売主側の気持ちは分かります。売主にとって、会社を誰かに買ってもらうことは、いわば結婚みたいなものなんじゃないかなと。お見合いで連れられてきた一人目の相手と結婚しなさいって言われても、みたいな(笑)。

田中:数社の条件や想いを見てから判断出来るのであれば、そちらの方がいいですよね。

中小企業のM&Aは事業継承の選択肢

田中:国が事業継承の方法としてM&Aを提示するに至った背景について、高橋さんはどうお考えですか。

高橋:国が手を打たないと本当にまずい状況にまで、中小企業の後継者不在問題が悪化してしまったからでしょうね。現在、360万社あるうちの3分の1が、2025年までに廃業すると言われているんですよ。そのうちの半数は、業績が黒字なのにも関わらずです。

田中:継ぐ人がいないから。

高橋:はい。ただ、私も実家が事業をやっていたため、継ぎたくない側の気持ちは分かるのです。今はいい教育を受けている子どもが多く、教育を受けた子どもたちは大手企業に就職して都市部で暮らします。そうなると、地元にUターンして中小企業を継ぎたいとはなかなかならないでしょう。将来性がある、夢を語れる事業ならいいですがそれは稀。たいがいが先細りで、業界自体シュリンクを続けていて厳しい状況で、20~30歳の若者が後を継いで会社を盛り立てていく自信があるかと問われると……。

田中:難しいでしょうね。

高橋:ええ。そのため、中小企業の廃業は世の流れではあるんです。ただ、知識がある人から見ると、いい会社であることが多く、なくすには惜しい。だからこそ、子どもや身内しか継げない状態から、誰かに継いでもらえる選択肢が必要なんです。それが、M&Aなんですよね。「第三者に譲る」選択肢が増えたことには、大きな意義があると思っています。

また、中小企業は株主兼、代表取締役兼、ガバナンスと三権分立になっていないケースが多いため、代表が決断さえ出来ればM&Aに踏み切りやすい点も特徴ですね。法的なところも、国による補助金制度が整備されていますし、金融機関側のM&Aへのリテラシーも上がりました。M&Aを応援出来る流れが生まれていると感じています。

田中:買主側にも変化がありますよね。企業が企業を買うのではなく、個人が買主であるケースもある。

高橋:個人の買い手は増えていますね。脱サラされた方だったり、副業ビジネスのために買いたい方であったり。

田中:雇用に依存するのではなく、独立志向の方や副業で別の収入源を持ちたい方が増えていますからね。今後、そうした方がロールモデルになっていってくれたらと思います。

新型コロナウイルスによるM&A業界の変化

田中:新型コロナウイルスの影響で、M&A業界に変化はありますか?

高橋:売主より買主が増えていますね。

田中:意外ですね。

高橋:意外といえば意外ですね。帝国データバンクが出しているデータでは、廃業数が減っていると出ていました。今は高い金額で出しても売れないと考え、売り時ではないと判断している人が多いのではないかと思います。一方、買い手側からすると、値が下がっているタイミングで買いたい。そのため、法人の買い手が増えているんです。

田中:個人の買い手はいかがですか?

高橋:個人は減っていますね。足元の業績が良くないため、今は攻めより守りなのでしょう。あくまでも体力がきちんとある企業が、長期展望を考えた末に買おうと動いている状況です。ただ、M&Aの案件数は減っているため、1案件に買い手が集中する傾向が出てきています。需給バランスの関係もあり、結果的にそこまで安くなっている訳でもないと思いますね。

田中:業界の傾向はいかがでしょう。

高橋:やはり、コロナ禍で厳しいと言われている民泊業、観光業、飲食業は多く売りに出ていますね。民泊はほぼ不動産に近い業態で従業員を多く抱えている訳でもないため、早く判断出来ることもあり、特に多くなっているのでしょう。

田中:現在厳しいと言われている業界の会社を買う側の心理について、高橋さんはどう考えていらっしゃいますか?

高橋:皆さん「逆張り」だと仰っていますね。来年にはオリンピックがくるだろう、それまでなら耐えられる体力があるから、ということでしょう。

田中:なるほど。M&Aのポイントは、買い手が廉価に買うことだと私は思っています。現状、会社を売って資金を得たい売り手側の需要が高まっているため、業界によっては需給バランスが崩れている。心理と経済の需給バランスが買い手側に偏り、買手にとって、買い易い経済環境になっていると感じています。

M&A業界の専門家として求められること

田中:別業界から、M&A業界への流入があってもいいのではないかと思っています。例えば、飲食業をやっていた人がコロナ禍でM&Aをしたことを契機に、M&Aを次の生業にしたいと思うことがあるのではないかと。

高橋:他業界の流入は確かに増えていますね。個人的にはいいことだと捉えています。

田中:特定業界について詳しければ、その業界のFAになる道はありですよね。ただ、大前提として経営について理解している必要がある上、専門家として足元を固めるには、最低でも3~5年かかるわけですが。私は元々企業再生領域では著名なFAS(Financial Advisory Service)で働いていたため、一通りの修行を経て今があります。きちんと修業を積むためには、やはりプロフェショナルなファームに一度は身を置き、鍛錬を積まれる必要性があると感じております。

高橋:私も今の仕事をし始めてから知ったのですが、中小企業の経営者は思っている以上に経営知識を持っていないんですよね。だから、中小企業もM&Aが可能となった今、専門家側には尚更知識が求められる。M&Aをするには、損益計算書(PL)ではなくて貸借対照表(BS)の知識が必要ですが、BSが読めない経営者は想定以上に多いんです。

田中:PLは嘘をつきますが、BSは嘘をつかない。ここを理解されている経営者は、確かに本当に少ないですね。

高橋:経済をより良くしていくには、有能な経営者を増やす必要があります。だから、専門家にも経営者としての知識が求められますね。M&A仲介会社さんは伴走者となるため、特にです。一歩間違った決断を下すだけで、非常に大きな結果をもたらしてしまう可能性もある、責任の重い仕事ですよね。M&Aは総合格闘技のようだと思っているんです。

田中:法務・会計・労務、ありとあらゆる知識が必要とされますからね。だからこそ、やりがいもあるわけですが。専門家が増えない理由について、高橋さんはどう思われますか?

高橋:結構明確だと思っています。仲介業は、売り手と買い手を繋ぐ必要がありますよね。地方で仲介をしようとした場合、地方銀行にはこの売り手・買い手のネットワークが無いのです。だから、繋げない。地方会計事務所とは繋げるんですけどね。

業種は数百ありますから、各業種の候補を最低でも20~30社挙げられないと厳しい。地場のネットワークしか情報を持っていない地方金融機関にはM&Aの仲介業は極めて困難でしょう。

田中:そういった意味でも、TRANBIさんの様にネット上のプラットフォームで情報が見られるのは大きいと思っています。

田中:私がM&A業界で活躍できると思う人は、熱く青臭い部分を持ちながらも、クレバーな人です。「この事業を何とか存続させたい!」と思う気持ちに加えて、市場規模を見られる冷静さも兼ね備えていると言いますか。もちろん、BSが理解出来る会計や財務の知識面も必要ではあるのですが。

高橋さん:私も田中さんと同様の認識ですね。イチ経営者としては、やっぱり伴走してくれる専門家には誠実な人であってほしいと思うんですよ。自分の会社を売るなんてことは、やっぱり一生に一度くらいしかないことなので。もちろん、知識も必要です。

但し、これだけ世の中に様々な事業があると、全事業に関する知識を持つのは難しいでしょう。案件に当たって初めてその事業を知るケースがあるのは自然なことであり、大切なのはそのときに知ったかぶりをせずに誠実に話を聞ける姿勢だと思います。仕事が作業になってしまうと怠ってしまいがちですからね。

田中:知識面でいうと、やっぱり基礎基本はしっかり身に着けておくことが、その後の仕事で活きて来ると思いますね。私は独立前の3年間を再生系のFASに在籍しておりましたが、今思うと土台を作って貰える環境にいられた時間は大切だったと感謝をしております。

高橋:最近では経験ゼロから入る方もいらっしゃいますけどね。ただ、どういった場であれ、きちんとした先輩について教えて貰える環境があるかないかが重要だと思います。ゼロから自分一人で始めるには無理があるでしょう。M&Aの専門家は職人です。きちんと力を付けるためには、教わる期間が必要だと思います。

田中「M&A業界で成功するためには、いきなり独立ではなく、企業に勤めて知識やスキルをつけてから、というキャリアパスが必要ですね。」
本日はお時間いただきありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。

高橋:こちらこそありがとうございました。