日本のGDPの約1/3を占める素材・化学分野で、業界構造を見直し、新たな事業創出を手掛け、成功事例を創り出している企業がユニバーサル マテリアルズ インキュベーター社だ。豊田通商から産業革新機構を通じ、現在は代表取締役パートナーを務める木場氏にビジョンや戦略、求める人材像をお聞きしました。

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素材・化学分野の新事業創出プラットフォーム

田中:素材・化学分野特化型ベンチャーキャピタルという他に類を見ない事業を展開されていますが、まず事業内容をお聞かせ頂けますか?

木場:優れた素材・化学企業の育成を通して日本の技術力を強化し、世界に通用する産業構造を醸成する。これが弊社のビジョンになります。大学や研究機関で行われているアカデミックな研究と、大企業が求めるビジネスニーズをうまく結びつけ、アカデミアシーズが持つ本来のポテンシャルを最大限に引き出していこうと思っています。

但し、単にマッチングを行うという訳ではありません。なぜ今まで同じようなビジネスモデルがなかったのかを考えると、ビジネス構造を理解していることに加え、業界ノウハウを熟知していること、ベンチャー立ち上げから事業が軌道に乗るまでには多額の資金が必要で、この業界は参入障壁が高いことが挙げられます。

田中:そこが素材・化学分野ではベンチャー投資が難しいといわれる理由ですね。

木場:今、日本でどの様に化学系のベンチャー企業が生まれていくのかご説明します。まず大きく以下5つのステージに分かれます。

1/R&D
2/製品開発★
3/生産技術★
4/量産開始
5/量産効率化

1のR&Dフェーズでは、補助金プログラムも多く研究予算が割としっかりつきます。4以降の量産可能なフェーズまで来ると、大企業などが積極的に資金を投入しM&Aも行われます。問題は、★の2と3です。アカデミックな要素が少なく、研究予算はつきませんし、企業側から見ると技術リスクが高く、投資が回収できるか判断できないケースが多いのです。この2と3を乗り越えるために10~20億円程度の資金が必要になるのですが、現状では投資が集まらなく、日本で化学系ベンチャーが育ちにくい土壌になっています。そこで私たちが★2、3に特化した支援を行い、新事業創出の後押しを行っています。

田中:化学業界は新たな事業の創出や収益構造の転換を迫られていますが、有望な新技術がなかなか社会に出てこない理由の一つがそこにあったわけですね。

木場:そもそも、素材・化学産業は日本のGDPの約1/3を占める超大型産業なのです。しかもこの分野の日本発の技術によるイノベーションが他の産業の発展を支えています。私たちの事業を推進することで、多少なりとも日本の技術力の強化と世界に通用する産業構造の創出に貢献出来るのではないかと思っています。

ファンド組成とハンズオンのセットで支援を行う

木場:具体的にはファンドを形成し運営を行っています。2016年に100億円の1号ファンドを、2019年に95億円の2号ファンドを立ち上げ、延べ20社以上の支援を行っています。現在は3号ファンドの立ち上げを計画しています。

田中:単なる資金の供給だけでは成功しないと思いますが、他にどのような支援を行っているのですか。

木場:当たり前ですが資金の供給だけでは事業は進みません。起業前、投資前から緻密なコミュニケーションをとり、特に投資後はハンズオンでの経営支援と積極的な企業連携をセットにして支援を行っています。投資先が持つ経営課題に対し、客観的な視点からアドバイスを行い、大企業のリソースを有効利用することで事業を着実に推進していくわけです。例えば、製品開発まで終わり、量産化のフェーズも自社でやり切ろうとするベンチャー経営者の方が結構いるのですか、化学業界の量産化は莫大な資金とノウハウが必要になり無理があるので、「大企業と連携するのが現実的です」と提案を行うわけです。

田中:貴社の投資案件では、具体的にどの様な成功事例があるのでしょうか?

木場:1号ファンドからは、科学的にインパクトの大きい研究事業を支援する科学技術振興機構の大型プログラムACCELから、大学発ベンチャーとして「つばめBHB」を輩出しています。新たな触媒技術の開発と、触媒に併せたプラント設計を一体化して行うことで、アンモニア産業のサプライチェーンイノベーションを起こす可能性がある有望企業です。
また親会社が戦略的に事業の一部を切り出し、新会社を設立するカーブアウトでは、JSR様の「マイクロ波成形事業」でビジネスモデル再構築やディール設計、経営支援を纏めて行い、大企業が新事業推進を行う際のモデルケースになっています。ごく簡単に紹介すると、金型レスで成形が可能になり、射出成型と比較し、コストが大幅に低減出来るという技術です。
現在では私たちの事業の認知も広まり、検討案件は800件を超えています。恐らく日本で唯一の素材・化学分野に特化した新事業データベースが構築されつつあります。

田中:そこまで案件が集まり俯瞰して見ると、今、業界が抱える課題も見えてくるのではないでしょうか?

木場:要因は、色々ありますが、例えば日本で大学発ベンチャーの芽がなかなか出ないのはなぜ?と考えたりもします。これは日本の企業家にグローバル志向を持つ方が少ないのが一因だと思っています。素材・化学業界は日本だけのマーケットで、ビジネスを行っても限界がありますが、なぜ日本でビジネスを行うのか、そもそも疑問を持たない研究者や経営者が多いのです。最初から海外の投資家を引っ張ってきて、グローバルに展開するのが正攻法と思えるケースも多くあります。その意味では、日本のマザーズ上場を目指すより、まずアメリカのNASDAQ上場を目指すべきと思うのですが、そういった志向を持つ方はまだ少ないのが現状です。世界に目を向けると、いい投資先案件はいくらでもあります。1号ファンドではアメリカで1件だけだった海外案件は、2号ファンドでは1/3を占めます。現在ではアメリカのみならず、イスラエルやインド、ASEANも投資先と捉えていて、3号ファンドではより海外案件の取り組みを強化する予定です。

UMIとキャリアがリンクする方を募集

田中:今、正に事業が大きく成長している最中だと思いますが、どの様な方を求めているのでしょうか?

木場:理想を言えば素材・化学業界の知識や経験を持ち、投資か経営経験をお持ちの御方ですが、その様な方は、人材市場にほぼいないことは分かっています。大きな募集ポジションは投資担当、事業面のPMI担当、技術面の支援を行うPMI担当になりますが、経験がなくても当社で明確なキャリアを描ける方なら大歓迎です。今、当社の事業は大枠が徐々に固まりつつあるタイミングですが、まだ投資や経営支援は色々な手法を探っている段階です。従来の成功事例も参考にしつつ、新しいスキームをどれだけ生み出せるか。その意味で、経験に関わらずしっかり育てていきたいと考えています。

私自身のキャリアを振り返ると、学生時代に技術ベンチャーに興味を持ち、商社でビジネスの仕組みを学び、大手自動車メーカーに出向する中で、メーカー側の考え方や企業の連携の仕方、カーブアウトの手法を学びました。その後、INCJ(産業革新機構)で、素材・化学チームを立ち上げ、UMIの立ち上げを主導し、現在に至ります。時代の変化に伴い自分の志向の変化はあるものの、常に何かが連携したキャリアを歩んで来ました。同じ様に、あなたが描くキャリアと現在のUMIがリンクすれば、それでOKだと思っています。素材・化学系の方でも、投資系の経験を持つ方、それ以外の方、多彩な方を歓迎します。

素材・化学業界以外でも通用する経営人財を育てていく

田中:貴社では実際にどの様な方が活躍されていますか?

木場:タイプ的には、好奇心が強く、勉強家の方が活躍している印象がありますね。好奇心が強い=投資先を良く知ろうとする傾向があるようで、ハンズオン支援で投資先のウケが良かったりするケースがありますね。その他、当社で2年間投資・経営のノウハウを学んだ後に、素材・化学とは違う分野の不妊治療のベンチャーを立ち上げた女性もいます。

田中:事業が大きく伸びるタイミングだからこそ、濃い経験も積めそうですね。

木場:間違いなく濃い経験が積めると思います。まだ競合が少なく、いい案件が豊富にあること。経営・投資に加え、技術・モノ創り・グローバルの側面も持つ中で、まだ分業化が進んでいなく、広範な経験が積めること。事業拡大を行う際に、一気に巨大なビジネスに変化すること。通常のベンチャーキャピタルに勤務するより、より緻密な経営スキル、投資スキルが身に付くでしょう。2年後は大きく成長していると断言できます。

田中:全体を通じて、業界的に現状では経営人材が少なく、業界が停滞している一因になっているということでしょうか?

木場:その側面は正にあると思います。だからこそ、私達は事業の拡大と共に、素材・化学業界を牽引する経営人財を育てていきたいと思っています。ただ、結果として、私達の元でしっかりコミット頂ければ、他の業界や環境でも通用する経営スキルが身に付く、環境だと思っています。

田中:単にベンチャーを輩出するという話ではなく、今の日本企業がおかれている問題点や事業の社会的意義にも共感する方に、来て頂きたいですね。改めまして、木場代表、本日は大変貴重な御話と御時間をどうも有難うございました。